奇跡も語る者がいなければ

奇跡も語る者がいなければ

月の本棚 八月 奇跡も語る者がいなければ これはあの映画(『カメラを止めるな!』)のようなところがある。 最初だけ我慢する。もしかして……と少しずつわかってくる。最後まで読み、全貌が明らかになり、俯瞰する天使の目を得たと …

食べたくなる本

食べたくなる本

月の本棚 七月 食べたくなる本 80年代、わたしは図書館に通い、料理の本を一生分読んだ、と思った。自分のキッチンを持ったときにはもう、何かを見ながらつくることをほとんどしなくなった。たまに美しい料理本を見ると、手にとって …

彼女たちの場合は

彼女たちの場合は

月の本棚 六月 彼女たちの場合は 今、わたしはアメリカの地図を眺めている。 ニューヨークからボストン、ポートランド、マンチェスター、ナッシュビル、セントルイス―――中西部を抜けてサンタフェまで横断し、シカゴ経由で再びニュ …

アップルと月の光とテイラーの選択

アップルと月の光とテイラーの選択

月の本棚 五月 アップルと月の光とテイラーの選択 「夜空を見上げていると、自分がいまこの場所にいることは最初から計画されていた運命みたいなもので、いずれ空に還ることになっているにちがいないなんて思えてくる。—————自分 …

名もなき人たちのテーブル

名もなき人たちのテーブル

月の本棚 四月 名もなき人たちのテーブル 11歳の少年がセイロン(イギリスの植民地。現在のスリランカ)からイギリスまで、大型の船で21日間の一人旅をする。何年も離れていた母と再び一緒に暮らすためだ。タラップをのぼるとそこ …

使者と果実

使者と果実

月の本棚 三月 使者と果実 最近、繰り返し聴いている音楽がある。スペインのグラナドスによる「ゴイエスカス」というオペラの間奏曲で、チェロとピアノの二重奏だ。本がきっかけだった。『使者と果実』という小説で、その曲は三度登場 …

レインコートを着た犬

レインコートを着た犬

月の本棚 二月  レインコートを着た犬 好きでしている仕事なのに、気がつけばため息ばかりついている。けれど、やめない。好きだから。そこが自分の居場所だから。その有り難い場所を、ひとはいつしか、あたりまえの場所にしてしまう …

べつの言葉で

べつの言葉で

月の本棚 一月  べつの言葉で ジュンパ・ラヒリは、大好きな作家のひとりだ。1999年の『停電の夜に』から始まって、新しい本が出るのをいつも心待ちにしている。その文章は静かな情熱を秘めていて、どこか寂しく、しなやかで美し …

無声映画のシーン

無声映画のシーン

月の本棚 十二月  無声映画のシーン 「今では雪になっている母に」という献辞に惹かれた。続いて「問うべきは死後に人生があるかどうかではなく、死ぬ前に人生があるかどうかである」という、一行目にノックアウトされた。 炭鉱の町 …

ある小さなスズメの記録

ある小さなスズメの記録

月の本棚 十一月  ある小さなスズメの記録 わたしはかつて、雀だった。当時を知るひとにはいまも、雀かもしれない。 おしゃべりだったこともあって、そんなあだ名で呼ばれた時期があったのだ。だからどこかで「スズメ」と声がすると …

10:04

10:04

月の本棚 十月  10:04 「しっくりくるチャーミングでラブリーな感覚」と、fuzkueの阿久津隆さんが『読書日記』で感想を述べていた、ベン・ラーナーの『10:04』をぜひ読みたいと思い、読み始めるとたちまちその感覚に …

The Dirty Life

The Dirty Life

月の本棚 九月  The Dirty Life なぜわたしはここにいるのだろう? ほんとうのわたしはハイヒールをはき、朝の4時まで街をうろついているはずなのに、朝の4時から作業着で、農場に出て行く。 これは、ハーバード大 …

猪熊弦一郎のおもちゃ箱

猪熊弦一郎のおもちゃ箱

月の本棚 八月  猪熊弦一郎のおもちゃ箱 猪熊弦一郎という画家の名を知る人は、それほど多くないかもしれない。 でも、彼がデザインした三越の包装紙ならきっと、見ているはずだ。波に洗われるうちに角が取れ、丸みをおびた石に喚起 …

地球にちりばめられて

地球にちりばめられて

月の本棚 七月  地球にちりばめられて 中国大陸とポリネシアの間に浮かぶ列島。 「日本」とはあえて、書かれていない。留学中にその島国が消滅してしまって以来、故郷の誰とも連絡がとれなくなったHirukoは、移民としてデンマ …

サピエンス全史

サピエンス全史

月の本棚 六月  サピエンス全史 そのシェフはインタビューの時、唐突に「『サピエンス全史』読んだ?」と尋ねた。読んでいないと答えると、「話にならない」と、語られるはずだったであろうことが、それきりになってしまった。その時 …

もし京都が東京だったらマップ

もし京都が東京だったらマップ

月の本棚 五月  もし京都が東京だったらマップ 初めてブルックリンで部屋を借りようと思ったとき、土地勘がなかったので、現地に住む友人に相談すると、「マンハッタンが新宿なら、うちのあたりは西荻窪かな」と言った。それがものす …

おいしさの錯覚

おいしさの錯覚

月の本棚 四月  おいしさの錯覚 原題”GASTROFHYSICS”(ガストロフィジクス)とは、人が食べものや飲みものを味わうときに、五感に作用する要素を研究する学問のことだ。 何を食べるときでも …

あの頃

あの頃

月の本棚 三月 あの頃 「女便所の水飲場の蛇口から、少しずつ水が出放しになっていて、鎖でとりつけてあるコップで飲むと、冷たくておいしい」 これは映画館で「ハンカチの函(はこ)にあるようないい景色」が出てくる駄作(上品だけ …

森へ行きましょう

森へ行きましょう

月の本棚 二月  森へ行きましょう もしもあのとき、別の道を選んでいたら……。そういうことを、たまに考えることがないでもないが、そちらに「行かなくてよかった」にしても、「行けばよかった」にしても、違う道を歩いている今とな …

語りかける花

語りかける花

月の本棚 一月 語りかける花 週に一度、年にしたらひと月半は着物で過ごす生活が、数えてみたらもう10年も続いている。もとはといえば家の箪笥の、今では誰も着なくなった着物に、たまには風を通そうと思ったことが始まりだった。そ …