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フランス映画祭 2019 横浜
毎年6月に開催されているフランス映画祭の季節が、今年もやってきました。
今年は6月20日から23日まで、横浜みなとみらい地区にて開催されます。注目の「シンク・オア・スイム」他、注目作がズラリと揃っています。既に前売りが始まっていますので、ぜひチェックを!
 

風の薔薇 13
焼きたてパンとパリの迷宮

c_tk11-1 「風の薔薇」のコラムも迎えて13回。一年が経過し、連載はもう少し続く。ヌーヴェル・ヴァーグそぞろ歩きも、続行することとなった。
 大分残りのメンバーも減ってきたが、遂に大御所にしてやや難解との印象が付きまとう、ジャック・リヴェットを取り上げる時期が訪れた。
 リヴェットは、同じヌーヴェル・ヴァーグのゴダールやトリュフォーと比べると、一般的な知名度においては、低めかもしれない。しかし1991年製作の『美しき諍い女』が同年のカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞するなど、国際的名声を獲得している。
 そしてヌーヴェル・ヴァーグの仲間たちの中でも、とりわけ重要な役割を演じているのは衆目の一致するところである。カイエ・デュ・シネマの前身とも言える『ラ・ガゼット・デュ・シネマ』に映画評論を執筆し、その後『カイエ』誌の三代目編集長を1963年から1965年まで務めていた。
 ヌーヴェル・ヴァーグの他の監督たちのように、映画評論をしているうちに作品を作りたくなったのであろうリヴェットの処女作が、今月取り上げる『パリはわれらのもの』(1961)である。この映画は、フランソワ・トリュフォーの『大人は分かってくれない』中でアントワーヌ少年が両親とシャンゼリゼに観に行く作品である。しかも良い成績を取ったご褒美に。楽しい映画だろうと、想像が膨らむ。 
 実際、ゴダールやジャック・ドゥミがカメオ出演していて、アドリブのような演技で花を添える。
上映時間は2時間22分と、さほど長くはないが、物語を追おうとすると、一筋縄では行かない。
 シェイクスピアの『ペリクリーズ』を上演しようとしている演出家と、劇団員を巡る話ではあるが、それに、素人の女子大生や自殺した(と思われる)スペイン人ギタリスト、謎めいた美女などが絡み、裏には何やらファシスト集団の陰謀もほのめかされる。
 タイトルが示すように、登場人物たちはパリを歩き廻り、時には幸せに酔い、また時には解き明かせない謎に立ち向かう。カルチエ・ラタンからエトワール広場、セーヌに架かる橋などを彷徨い、このこんがらかった糸のような現実を、解きほぐそうとする。悪戦苦闘する姿がいかにも若者らしい。とは言え、50年代末の設定の青年たちは、今の学生よりよほど分別臭く見えはするが。
 しかし、世界に迫りくる危険について考えを巡らせる彼らも、気持ちの良い6月のパリを謳歌するひとときを楽しむことはある。やや、重いとも言えるムードの作品に、驚くほど清々しい爽やかなシーンが、あちらこちらに見られる。
 冒頭、ヒロインのアンヌが幼馴染のジャン=マルクと広場で待ち合わせをするシーンには、まだ十代と思われる二人の若さが弾けている。「久しぶりね」「うん、元気だった?」簡単な挨拶ですぐに故郷のシャトールーのリセのクラスメートの雰囲気に戻る二人。学食で延々並ぶのに耐え兼ねて、バゲットとチーズを買ってベンチで食べることにする。
 このシーン、バゲットを齧るジャン=マルク役のジャン=クロード・ブリアリの自然な演技に「あっ!」と心の中で叫んでしまう。そうそう、このバゲットのパリパリいう音は、フランスでなくては聞くことのできないものだ。思わず「美味しそう!」と羨ましい気持ちがこみ上げてくる。
 バゲットのパリパリの皮を噛み切り、中のふわふわの部分を頬張るときの幸せな気持ちと言ったら!この気分を味わうためだけでも、フランスに旅立ちたいほどだ。思わず脱線したが、この映画の中でアンヌたちは、チーズのパックを開け、バゲットとチーズを交互に頬張ってランチにする、なんてシンプルで美味しそうなのだろう!パンとチーズを堪能したアンヌは、この後、ジャン=マルクに付いて行き、芝居の稽古に参加することになる。
 真面目な文学部の学生であるアンヌが、世界の混沌に巻き込まれ、試験を放棄してしまう発端になる場面でもある。でも、ジャン=マルクの稽古に「私も行っていい?」と尋ね、「一緒に行ってもいいよ」と言われた時のアンヌの嬉しさ一杯の、少女のような表情は、本当に晴れ晴れとして、こちらも楽しくなるほどなのだ。
 もう一つ素敵なシーンは、セーヌに架かる橋の上のベンチで、アンヌが演出家のジェラールと話す場面だ。風が吹いて時折アンヌの髪を乱す。「劇に参加してくれないか?」と頼むジェラールに「少し考えさせて」と答えるアンヌ。ジェラールは「君の目を見て、話したいと思ったんだ」などと、聞く者の心を揺さぶるようなことを言う。
その後、上演しようとしているシェイクスピアの『ペリクリーズ』についての意見を求められたアンヌは、ちょっと思いを巡らせてから「支離滅裂なんだけど、大団円でピタッとはまるところが好き」と気の利いた答えをする。
 セーヌを吹き渡る風が二人の服を揺らし、6月の気持ち良い陽光が二人の顔を照らす。一年で一番気持ち良い季節と言われる初夏の空気が、マロニエの花咲くパリを覆っている。そんな場面に観客の私たちも、頬が緩む。演劇談義をもう少ししていたいけど、教会の鐘が鳴るからお別れね、とアンヌはジェラールに再会を約束して帰って行く。
 この後アンヌは帰宅し、尋ねて来ていた兄ピエールに、ジェラールの芝居に参加するのは止めるよう説得される。が、却って意欲が増してしまい、申し出を承諾する。
c_tk11-1 アンヌはどんどん、陰謀に巻き込まれて行き、その核を解き明かそうともがくが、それも空しい。解きほぐそうとすればするほど、ますます混沌は深まる。しかし、この行為こそが生きていくことなのだと、監督は提案しているのではないか。
 わけがわからないが、それでも生きていることは素晴らしい、という人生にすこぶる肯定的なメッセージを感じ取ることはできる。
複雑な筋ゆえに、リヴェットの作品は難しいと言われがちだ。だが、落ち着いて細部をじっくり観ていくと、全ては分からなくても、気分が伝わってくる。まだ学生のアンヌや他の若い登場人物が、真剣に迫りくる危険に立ち向かい、世界に解答を与えようとしている。たとえ、日々の安定を壊すことになっても、敢えて冒険に乗り出す若者たち。
彼らの行動力は、何かを変えることを恐れがちな私たちにとっては、何だか眩しい。
 また『パリはわれらのもの』で魅力的なのは、計算されたようで、即興的に撮っているような生気溢れる映像だ。リヴェットの持ち味である、粗削りでありながら繊細なタッチ、ゆっくりなテンポと小気味よいほどのリズミカルな展開が混ぜ合わされ、他にはない映画的快楽が味わえる。
 勿論、処女作である『パリはわれらのもの』はまだまだ発展途上の作品である。後の作品『彼女たちの舞台』やバルザックの『知られざる傑作』の映画化である『美しき諍い女』やなどで、リヴェットは先鋭的に、その世界観を描き出していくことになる。
 創造することが壊すことを意味する、壊さなくては創造はできない、一見矛盾を孕んだ態度だが、周囲を切り取る新しいまなざしでもある。時代の何歩も先を行っていたリヴェットの作品は、私たちに世界の新しい見方を示しているのではないだろうか。

 


著者プロフィール

月刊『La rose des vents「風の薔薇」』毎月3日公開

田村 恵子 (青木 恵都)

東京生まれ。
文学、映画とパンをこよなく愛する。アポリネール、ヌーヴェル・ヴァーグ、ハード系パンが好きです。最近は夫が立ち上げたタムラ堂刊行の『夜の木』などを青木恵都という名で翻訳。
タムラ堂