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6月 アボカド

 友人に「アボカド刑事」と呼ばれている男がいる。「AVOCADO」を、アボカドではなく「アボガド」と誤表記したメニューや文章を見つけると、猛烈な勢いで怒るのだ。さすがに「アヴォカド」と書くべきだとまで細いことは言わないが、とにかく「ガ」はあり得ないと、彼は息巻く。
 ぼくはこの話を笑えない。何故なら、長いこと「カピバラ」を「カピパラ」と言ったり書いたりしていたからだ。変換候補に「カピバラ」と出てくるので、その時点で気付いてもよさそうなものを、わざわざ「バ」だけ「パ」に直していた。数年前、旭川の動物園に行った時にようやく「バ」なのだと知った。
 6月の旬とはあまり関係のないアボカドの話をしたいのは、先日、ニューメキシコ州に行った際の熱がいまだにおさまらないからである。食堂のメニューはブリトーやタコスなど、圧倒的にメキシコ料理が主体だった。当然ながらそこでよく使われるアボカドを口にする機会がとても多かった。泊まった部屋には小さな台所もあった。本格的な料理をすることはなかったが、食料品店に行くと果物とアボカドは必ず買う。もしくはデリカテッセンでアボカドのディップとコーン・チップスを買う。ぼんやりとした印象しか持っていなかったアボカドと、ずいぶんと親密になれた旅になった。
 ニューメキシコからロサンゼルスに移動して、さすがにメキシコ料理以外も食べたくなった。夜はヴェトナム料理や台湾料理を食べた。泊まった宿のすぐ近くに朝食が美味しいと評判の店があって、美味しいだけでなく、若いスタッフたちの接客や賑わいなど、雰囲気も最高に良かったので、他の店には行かず、毎日、そこに通った。メニューはたくさんある。でも、サイドメニューからいくつかオーダーしてバゲットやカンパーニュのトーストと組み合わせるのが気に入り、いつもソーセージと目玉焼きとコーヒーとトーストを頼んでいた。あとはマーケットグリーンと呼ばれる小さなサラダ、そしてアボカドだ。アボカドがサイドメニューにあるのが、カリフォルニアらしいなと思わせる。カリフォルニアもメキシコと同じく、アボカドの産地である。
 この店のアボカドは、ごくごくシンプル。皮を剥いて細い切れ目を入れたアボカドに、塩と胡椒とオリーブオイルがかけてある。ぼくはそもそもねっとりとした感じの食べ物をあまり好まないし、味にもくっきりとした輪郭が見当たらないから、アボカドを何か他の食材と混ぜたり、辛くしたり、醤油をかけたりするのだろうなどと考えていた。つまりアボカドに求められているのは、栄養価と食感なのだとしか想像力が働いていなかった。ところが、この店のアボカドは、アボカドそれ自体のおいしさと、その見た目の美しさに目覚めるきっかけを与えてくれたのだ。

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著者プロフィール

月刊連載『好物歳時記』毎月2日公開
icon_okamoto岡本 仁(おかもと ひとし)

ランドスケーププロダクツ
北海道生まれ。いろんな町をブラブラして、いつも何か食べてる人
と思われていますが、いちおう編集者です。
著者は『ぼくの鹿児島案内』『ぼくの香川案内』『果てしのない本の話』など。
雑誌『暮しの手帖』で「今日の買い物」という旅エッセイを連載中。