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月の本棚 五月 アップルと月の光とテイラーの選択

「夜空を見上げていると、自分がいまこの場所にいることは最初から計画されていた運命みたいなもので、いずれ空に還ることになっているにちがいないなんて思えてくる。—————自分はここにいるが、それだけじゃない。同時に他の空間にも存在しているように感じるんだ。自分の意識のコピーもその空間にあるようにね」

月を眺めて途方もない気持ちになるのは、きっとそれだ。この小説に出てくる博士が話したことを読みながら、わたしもそのような感じかたをする、と思った。

博士が15歳の少女、テイラーに、宇宙の謎について話すシーンが好きだ。彼はかつて、がんの専門医だったが、患者の悲しい死に直面したことで医療の道を諦め、代わりに生命や宇宙の法則を解き明かすべく、量子力学を研究しているのだった。

ひとは死んだらどうなるのか。自分を自分たらしめているこの「わたし」という意識は、細胞でも遺伝子でもない。それは微細な素粒子の集まりで、肉体がなくなったら宇宙に拡散する、というのが博士の仮説だ。それがこの小説———テイラーの冒険物語のベースにある。父の事故死によってもたらされる家族の悲劇、さらにテイラー自身も生死の境を彷徨ったことから、物語は幕を開ける。

死の淵から生還した彼女を待っていたのは、大統領にふさわしくない人物が権力を手に入れ、良くない方向に向かっていく世界だ。TVスター出身の大統領(その名もジャック・キング!)は不動産王で、外国人を諸悪の根源としていた。

テイラーはその世界を変えようと、母親や親友と力を合わせ、貧しい国に教育施設をつくる活動を始める。マイノリティや人種の差別問題のほか、原子力、原発、核実験やテロ、戦争、AI の未来、この世のありとあらゆる問題が彼女の人生に映し出される。別の時空から眺めるような感覚で。眺めているのはテイラーの、そして読者のわたしの意識だ。

著者の中濱ひびきさんは高校生で、テイラーと同じくらいの年齢であることに驚く。彼女の想像力は宇宙規模なのだ。博士も魅力的だったが、テイラー自身に語らせる、137億年前の宇宙の始まりから近未来の地球の終わりまでの壮大な物語にも圧倒される。時間の流れも空間の広がりも超えて進行する物語の終盤、テイラーは亡くなった父親と再会し、父は秘密と真実を語る。

「きみは月の光を見るたびに、懐かしさでいっぱいになる。それは、きみが心の底ではわたしの言葉を覚えているということなんだよ」
冒険の記憶はやがて、すべて消えて無くなってしまうが、彼女が再び目覚めるラストシーンは静かな月の光に照らされている。読後の世界は、何も変わっていないようでいて、やさしさに包まれていた。そんな読書体験だった。

世界は見えない力と愛で満ちている。わたしたちは目覚めるだけでいいのだ。

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『アップルと月の光とテイラーの選択』 中濱ひびき著 竹内要江訳 (小学館 2019)


著者プロフィール

月刊『月の本棚  清水美穂子のBread-B』毎月24日公開
icon_shi 清水美穂子
ライター・ブレッドジャーナリスト

普段はBread+something good(パンと何かいいもの)をテーマに執筆・発信していますが、ここではBread-B。Bを外してしまって、Reading周辺のsomething goodを書いていきたいと思います。
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